大阪高等裁判所 昭和44年(行コ)24号 判決 1974年7月30日
大阪市城東区野江東之町一丁目四八番地
控訴人
城東税務署長
松本義信
右訴訟代理人弁護士
麻植福雄
右指定代理人検事
高橋欣一
同
松崎康夫
同
法務事務官 山口勝司
同
大蔵事務官 吉田秀夫
同
中西時雄
同
宮崎雄次
大阪市城東区今福北五丁目一〇番地の二
被控訟人
タイガー石油株式会社
右代表者代表取締役
中野和一
右訴訟代理人弁護士
井上太郎
同
山田利夫
同
五味良雄
同
松田繁雄
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、控訴人
原判決を取り消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二、被控訴人
主文同旨の判決。
第二、当事者の主張および証拠関係は、次に訂正、付加するところと、原判決事実摘示のほか、当審において、「租税法律主義」「売買の実例」「評価方法」「本件株式譲渡の事由」「総益金総損金の意義」等の項目につき、双方より詳細な主張が交されたが、後記判決理由との関係上その摘示を省略する(ただし、原判決四枚目表一〇行目に「一年」とあるのは「一手」の、五枚目裏二行目に「証人」とあるのは「法人」の各誤記)。
一、被控訴人の主張
1. 請求原因(原判決事実摘示)二項中四行目から六行目までを次のとおり訂正する。
「低額譲渡につき賞与として否認するというのであり、一株九五円を時価相当額とし、被控訴人にとって差引一株四五円の割合で一八万七、八〇〇株につき合計八四五万一、〇〇〇円の所得があったものとみなして、被控訴人の所得金額を一、九六三万〇、一六二円と更正した趣旨に解される。」
2. 手続違背による処分取消事由
(1) 原判決主文掲記の再更正処分(以下、本件処分という)は、更正通知書に附記された更正の理由が不備であるから、取り消されるべきである。すなわち、被控訴人は青色申告法人であるところ、右更正通知書には、更正の理由として、「(株)スタンダード石油大阪発売所の株式譲渡は低額譲渡につき賞与として否認する。(代表取締役中野和一に対する分)八、四五一、〇〇〇円」と記載するが、これは単に結論を示したにすぎず、(イ)譲渡された株式数、(ロ)認定した株式の時価およびその算出の根拠、(ハ)譲渡価格と時価との差額を中野に対する賞与と認定する根拠、(ニ)賞与と認定した場合に被控訴人に実現した利益があるとして課税する根拠等更正の具体的根拠を明示していないものであるから、法人税法(昭和四〇年法律第三四号による改正前のもの。以下、旧法人税法という)三二条の要求する理由の附記を欠くものといわなければならない。
(2) 一般に行政処分に理由を附記すべきものとしているのは、処分庁の判断の慎重、合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、処分の理由を相手方に知らせて不服の申立に便宜を与える趣旨に出たものであり、理由不備の有無は納税者が理由を推知できる場合であると否とにかかわりがない。旧法人税法三一条の四は、青色申告書提出法人については、帳簿書類を調査し、その調査により課税標準に誤りがあると認められる場合にかぎり、課税標準、法人税額の更正をすることができるとして、帳簿の記載を無視して更正されることがない旨を納税者に保障しているのであるから、更正理由の附記は、帳簿の記載以上に信憑力のある資料を摘示して処分の具体的根拠を明らかにするものでなければならない。本件処分においては、とくに、本件株式の時価を九五円と認めた具体的根拠を附記すべきであるにかかわらず、その理由附記を欠いた違法がある。
(3) この点の被控訴人の主張は、右更正通知書記載の更正理由が法律上要求される理由附記とならず、もし控訴人が本訴においてすでに開示し主張しているような更正理由であるならば、法律上これを右通知書に記載すべきであったという趣旨であるから、この主張の提出は、決して時機に後れず、訴訟完結を遅延させるものではない。
二、控訴人の主張
(一) 被控訴人の右一2の主張は、当審口頭弁論終結直前(昭和四九年四月二四日付準備書面により第二三回口頭弁論期日に陳述)に初めて提出されたので、故意または過失により時機に後れて提出されたものであることが明らかであり、また、その当否についてはさらに詳細な議論を展開する必要があって、訴訟の完結を遅延させるものであるから、却下されるべきである。
(二) 本件処分の更正通知書に附記された更正の理由が被控訴人主張のとおりであることは認める。
しかし、右附記理由に不備の違法はない。すなわち、被控訴人の主張する事項のうち(イ)については、被控訴人が当時所有していた訴外株式会社スタンダード石油大阪発売所(以下、単に「訴外会社」という)の株式の全部を中野に譲渡したのであるから、株式数の記載は不要であり、(ロ)については、中野がエッソ・スタンダード石油株式会社(以下、単に「エッソ」という)に転売した価額を時価と認定し、右時価と現実の譲渡価額との差額を中野に対する賞与と認め、右差額部分の全額を八四五万一、〇〇〇円と明記しているのであるから、時価は自ずから判明するものであって、敢えて記載するまでもなく、(ハ)および(ニ)については法的判断にかかわることであるから、更正通知書に記載すべきことを要求されていないのである。
(三) 一般に行政処分の理由にどの程度の記載をなすべきかは、処分の性質と理由附記を命じた各法律の規定の趣旨、目的に照らしてこれを決定すべきところ、法人税法は、申告が法定の帳簿書類による正当な記載に基づくものである以上その帳簿の記載を無視して更正されることがない旨を納税者に保障したものであり、したがって、更正処分に附記すべき理由には、とくに帳簿書類の記載以上に信憑力のある資料を摘示して処分の具体的根拠を明らかにすることを必要とするものとされているのであって(最高裁昭和三八年五月三一日判決・民集一七巻四号六一七頁参照)、その趣旨は、申告者の帳簿書類を信用せず、その記載と異なる事実を認定して更正する場合には、具体的に帳簿上の誤りの点を特定して更正の具体的理由を明らかにすることが必要であるとするものである。
しかるに、本件処分は、被控訴人の帳簿の記載を無視してそれと異なる数額を認定したというものではない。すなわち、被控訴人の保有していた訴外会社の株式につき、帳簿上一株の金額を五〇円と記載してあったとしても、それは株式の取得価額にすぎず(しかも必ずしも取得当時の時価とも同一でない)、その後時価による評価による評価換えをしていない以上、時価を表示するものではない。そして、本件処分は、訴外会社の株式の時価を九五円と認定し、それと被控訴人から中野への譲渡価額五〇円との差額を利益処分と認定したものであるから、その認定内容に帳簿の記載と異なる事実はない。また、本件更正通知書の理由附記により、右の趣旨がその記載からただちに了知しうるものであることは、被控訴人側で右通知書に書き入れたという算式の記載からも明らかであり、かつ、一株九五円という価額が時価であることは、すでに立証したとおり、当時においても客観的に明白な事実であったということができるから、それ以上の詳細な理由を附記しなくとも、前記のような行政処分に理由を附記すべき趣旨目的に背馳するものではない。
三、証拠関係
(一) 被控訴人
当審において甲第一八、一九号証、第二〇、二一号証の各一、二、第二二号証、第二三号証の一、二、第二四号証を提出し、証人小松原時治、同藤本昌弘および被控訴会社代表者の各尋問を求め、乙第三六号証の一ないし三、第三八号証、第四一号証の各成立を認め、乙第三九号証中官署作成部分の成立を認めその余の部分の成立は不知、当審提出のその余の乙号各証の成立は不知と述べた。
(二) 控訴人
当審において、乙第二一、二二号証、第二三号証の一、二、第二四号証の一ないし四、第二五号証の一、二、第二六、二七号証、第二八号証の一ないし六、第二九ないし三五号証、第三六号証の一ないし三、第三七ないし四二号証を提出し、証人繁田俊雄の尋問を求め、甲第二〇号証の二の成立は不知、当審提出のその余の甲号各証の成立を認めると述べた。
理由
一、被控訴人が本件処分の取消事由として更正通知書における理由附記の不備をはじめて主張したのは、当審における証拠調べがほぼ終了し、口頭弁論終結間近に至った段階においてであり、右主張をより早く提出することができたことは明らかである。しかし、本件更正通知書における理由の記載については当事者間に争いがなく、その記載の意味するところについてもすでに主張立証が尽くされていたのであり、右事項を処分取消事由として追加主張したことは、何ら新たな証拠調べを必要とせず、従前の審理を基礎として、右理由の記載が違法か否かの法律上の判断を求めるにすぎないものであることが明らかであるから、訴訟の完結を遅延させるものと認めることはできない。したがって、右主張の却下を求める控訴人の申立は理由がない。
二、そこで、右主張の当否について判断する。
(一) 請求原因(原判決事実摘示第一)一項記載の事実ならびに本件処分の更正通知書における理由の記載が被控訴人主張のとおりであったことは、当事者間に争いがない。
そして、右理由の記載の意味として控訴人の主張するところの要旨は、「被控訴人は昭和三七年三月三〇日にその代表取締役の中野和一に訴外会社の株式一八万七、八〇〇株を帳簿価格である一株につき五〇円の価格で譲渡したが、右株式の当時の時価は一株につき九五円であって、実質的に右譲渡価格と時価との差額に相当する金額の収益が被控訴人に存し、これを中野に対する賞与として処分したものとみるべきであるから、右差額合計八四五万一、〇〇〇円を被控訴人の益金に計上すべきである。」というのである。
(二) ところで、旧法人税法三二条が、更正処分に理由を附記すべきものとした趣旨は、(イ)更正の慎重、妥当、合理性を担保することと、(ロ)相手方納税義務者に更正の理由を示して不服申立に便宜を与えることとの二点にあるものと解される。そして、とくに右(イ)の趣旨に鑑み、更正処分における理由の附記は、その理由を納税義務者が推知できると否とにかかわりのない問題であり、当該記載自体から判断すべきことがらであるというべきである。そこで、この見地において本件の理由附記の当否を検討する。
(1) 本件更正通知書には、「低額譲渡」として否認する結論たる金額を示すのみで、その対象とする譲渡株式数、譲渡価格、適正時価のいずれの記載をも欠き、もとより適正時価認定の根拠を何ら示さず、右の否認された金額が所得金額更正の理由となる根拠をも説明していない。
(2) もっとも、他に特段の指摘がないことから、右記載は、被控訴人が中野和一に譲渡した訴外会社の株式の全部につき、被控訴人の帳簿に記載された株式数および譲渡価格に基づいて、適正時価との差額を問題にする趣旨のものと理解することができないものではなく、したがって、被控訴人自身において、右記載の結論たる金額から、本件処分が適正時価を一株につき九五円と認定したものであることを推算することは可能であり、さらに、右の九五円の金額が後日中野からエッソに譲渡された価格(これについては当事者間に争いがない)に合致することを被控訴人代表者である中野においてただちに了解しうることから、この譲渡価格をもって適正時価とされたものと推測することも不可能ではなかったと解される。しかし、前記のとおり、理由の附記は相手方において理由を推知しうると否とにかかわらないという見地においては、右の事情は本件理由附記を正当ならしめるものではないというべきである。
(3) のみならず、一株につき九五円の金額が中野とエッソとの間の譲渡価格に一致するとしても、控訴人がその譲渡の事実をもってただちにこれを適正時価によるものと推定した趣旨か、それとも他に具体的な根拠があって右金額を適正時価と認定した趣旨かは明らかでなく、いずれにせよ時価を認定する具体的根拠の説示を欠くものというほかはない。控訴人は、本件株式の時価が一株につき九五円であることは、当時において客観的に明白な事実であったと主張するが、控訴人は、本訴において、非上場株式である本件株式の時価を、配当率に基づく利廻り法、原判決摘示のような純資産法、比準法等の推算方法を用いて証明しようとしているのであり、このような弁論の全趣旨に照らしても、時価が客観的に明白であったとまで認めることはとうていできない。
(4) 旧法人税法三二条の規定上、青色申告書にかかる更正につき理由附記を要する場合がとくに限定されていないことと、理由附記を要求する趣旨に前記(イ)の目的があることとに鑑みれば、理由附記を要する場合を、控訴人主張のように帳簿書類の記載自体を否認する場合にのみ限るとする理由はなく、帳簿書類の記載自体を否認しないでする更正の場合にも、同様に、更正の具体的根拠が示されなければならないものと解すべきである(最高裁昭和四〇年(行ツ)第五号同四七年三月三一日第二小法廷判決・民集二六巻二号三一九頁参照)。
(5) さらに、控訴人は、法的判断については更正通知書に記載する必要がないというが、処分の理由が事実の認定とこれに対する法律の適用とから成る場合に、前記目的から要求される処分理由の開示にあたって両者を区別すべき理由はない。もっとも、開示された事実が法令の特定の規定の構成要件に該当することが明白な場合にまで該当の法規やその解釈を一々示さなければならないものではなく、処分理由に掲記された費用および金額が法人税の課税標準たる所得を構成する益金に該当することが社会通念から容易に理解しうるならば、それ以上何らの説明を要しないことはいうまでもない。しかし、本件において、「低額譲渡」すなわち時価より低額な対価で株式を譲渡したことが、控訴人主張のように、実質的に収益の実現であって、役員に対する賞与の支給となるとともに、被控訴人について法人税の課税標準たる所得を構成する総益金に計上されるという趣旨を、更正通知書の記載のみからただちに理解することは、被控訴人にとって困難であると思われ、しかも、本件処分の法的根拠の当否をめぐって本件当事者間に詳細な主張が展開されている弁論の全趣旨からみても、右のような「低額譲渡」に関する税法上の処理が、解釈上疑義の余地のないほどに明白でかつ一般納税者に周知の法理であるとはいえないから、少なくともこのような場合には、更正の法律的根拠についても一とおりの説明を付することが必要であるといわなければならない。
(6) なお、本件処分における理由附記の不備の瑕疵は、後日これに対する審査裁決(甲第三号証)において処分の具体的根拠が示されたとしても、それにより治癒されるものではないと解すべきである(最高裁昭和四三年(行ツ)第六一号同四七年一二月五日第三小法廷判決・民集二六巻一〇号一七九五頁参照)。
三、以上に述べた諸点において、本件処分の附記理由は不備なものといわなければならず、本件処分のうち控訴人主張の部分およびこれを前提とする本件賦課決定はいずれも違法であって取消を免れないものと解すべきである。
したがって、その余の争点について判断するまでもなく、被控訴人の本訴請求を認容した原判決の結論は相当であって、本件控訴は理由がないから、行政事件訴訟法七条、民訴法三八四条、九五条、八九条に従い、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 沢井種雄 裁判官 野田宏 裁判官 和田功)